両親の離婚を経験している子どもたちへ。 お父さんとお母さんが離婚をしたのは何故なのか知りたいなら、あなたの自分のその目で確かめてごらんなさい。 お父さんからの話しを聞いても、お母さんからの話しを聞いても、どちらも間違いではなく、正しくもないのです。 何故ならば、お父さんとお母さんは、一人一人違う人間ですから、同じものを見ているのに考え方も、感じ方も、捉え方も違うからです。 そして、あなたも同じです。あなたも1人の人間です。 お父さんでもなく、お母さんでもありません。あなたは、あなたです。 だから、あなたが、あなた自身で感じたことが、お父さんとお母さんの離婚の理由です。 もしも、お父さん、お母さんを嫌だなと想ったならば。自分自身に問うてごらんなさい。 自分は、それほど素晴らしい完璧な人間ですか?と。 お父さんもお母さんも同じです。完璧な人間など、おりません。 ただ、確かなことだけはあります。 それは、お父さんもお母さんも、あなたを愛しているということです。 生まれてきてくれて本当にありがとう。最高の喜びを与えてくれたあなたに、お父さんもお母さんも心から感謝しています。 愛するあなたを抱きしめます。 たとえ、いま、あなたの傍にいられないとしても、あなたを心の中で抱きしめています。 忘れないでください。 お父さんもお母さんも、あなたのお父さんとお母さんであるということを。 あなたの命に連なるのだということを。

2012年08月04日

■西日本新聞【ほほ笑み返して…子どもから見た離婚】<4完>心埋める居場所を

 ■新訳男女 シリーズ第16部■
 
 「自分がもっといい子だったら、親は離婚しなかったんじゃないかと…」

 「大人同士の問題。あなたはまったく悪くないよ」

 「こんな後ろ向きな気持ち、誰にも言えなかった」


ミクシィで心の居場所となっているコミュニティー「親の離婚を経験した子ども」
 インターネットの会員制交流サイト「ミクシィ」でのやりとりだ。「親の離婚を経験した子ども」というコミュニティーで2006年に開設された。20―30代を中心に中高生も含めて約3700人が登録している。

 主宰するのは横浜市の中田和夫さん(41)。自身も親の離婚を経験している。母は亡くなったと聞かされて育ち、高校生のときに生きていることを知ってからも「だまされた」という思いを吐き出せなかった。

 ひとり親家庭への偏見、両親そろってこそ「普通の家庭」という世間の価値観、同じ立場の友人が近くにいない…。中田さんは「友達や家族など誰にも言えない弱音を吐ける一つの居場所なんです」と話す。

 「ひとり親でかわいそうと思われるのが嫌だ」

 「過去から抜け出したいのに、抜け出せなくて苦しい。死にたい」

 「つらい過去に区切りを付けたい。どうしたら…」

 中田さんの場合、社会人になってから心の憤りが噴出した。うつ状態になり、会社を辞めた。転機は20代後半。不登校や引きこもりの悩みを抱える仲間の集いに参加し「みんな同じなんだな」と感じられるようになってからだった。

 「愚痴を書き込んでもネガティブになってもいい。そうすることで、その後にちょっとでも自分の人生を主体的に生きていけるようになってもらえたら」。中田さんも両親へのわだかまりに区切りをつけ、今は婚約者に支えられながら再就職を目指している。

 「ここに書けてすっきりしました。ありがとう」

 「この場所を見つけて本当によかった」

 そんな居場所がもっと増えていけばいい−中田さんはそう願う。

 =おわり

    ×      ×

 ■子どもへの配慮は 専門家に聞く

 子どもの心に配慮した別れを可能にするには? 大正大学人間学部教授の青木聡さん(臨床心理学)と、早稲田大学法学学術院教授の棚村政行さん(民法)に聞いた。

 ●親への教育検討しては

 ▼大正大 青木 聡教授
 ケース・バイ・ケースだが、重要なのは離婚した後も親と継続的に会えるという安心感を子どもに与えること。欧米では、別れた後も親子関係は途切れないのが当たり前になっている。

 例えば米国では、離婚の際、子どもに理由を説明する練習を行う教育プログラムを親が受け、面会交流のスケジュールを決めることが義務化されている。

 家族観が異なり、そのまま日本に導入できるかは難しい面もある。ただ、理由を聞きたいのに聞けなかったり、別れた親と会いたいのに会えなかったりして、自己肯定感の低下や抑うつの症状が表れる「終わりのない悲嘆」に陥る子は少なくない。そうした現状を考えれば「子どものため」に親の教育プログラムの導入を検討すべきではないか。

 ●親権や養育費法整備を

 ▼早大大学院 棚村政行教授
 課題は、子どもの幸せを考えた法整備をすること。4月から離婚届の書式が改定され面会交流と養育費の取り決めを確認する欄が設けられたが、専門家が中身をチェックするまでには至っていない。

 韓国は2007年に民法を改正し、車の両輪である親権と養育費の取り決めをしないと離婚できないようにした。日本では父親の育児参画が進むなど環境が変化しているのに、法改正の機運はない。議論が必要だ。

 日本は単独親権だが、共同親権を求める声もある。現実的には選択制にし、別居親にも自覚を持たせてつながりを断たないようにすることが、子どもにとってもいいと思う。「両輪」の取り決めをサポートする民間団体を、国が支援する仕組みも必要ではないか。

=2012/04/07付 西日本新聞朝刊=


おうちが ふたつ (絵本シリーズ「パパとママが別れたとき……」) (絵本シリーズ「パパとママが別れたとき…」) [単行本] / クレール マジュレル (著); カディ・マクドナルド デントン (イラスト); Claire Masurel, Kady MacDonald Denton (原著); 日野 智恵, 日野 健 (翻訳); 明石書店 (刊)

面会交流は『育児』であり、『育自』でもある
面会交流仲介支援の
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2012年08月03日

■西日本新聞朝刊【ほほ笑み返して…子どもから見た離婚】<3>「なぜ」と向き合い

 ■新訳男女 シリーズ第16部■
 
 春の嵐が吹き荒れた日、緑さん(28)=仮名=は長い髪を抑えながら取材場所に現れた。どちらかというと地味な服。福岡市の歓楽街・中洲で働いていたが、今は「休業中」という。

 緑さんも親の離婚を経験している。だが、その事実を知らされたのは親からではなかった。中学の入学式の日。クラス分けの掲示板にある自分の名字が、母の旧姓に変わっていた。

 そういえば最近、父の帰らない日が増えていた。毎日のように酔っぱらっては怒鳴り、母に手を上げたりしていただけに、子ども心に「別れてほしい」と思ってはいたが、まさか…。

 でも、本当に離婚したのか、母に聞けなかった。聞いてはいけない気がした。母も何も話してはくれなかった。母の顔色をうかがう日々が続いた。

 そのうちに「心の中の何かが爆発した」。親子げんかの毎日、高校中退、誘われるまま水商売へ。何より給料はいいし、接客も楽しかったが、4年前に体と心を壊してしまった。

 離婚の理由はいまだに聞いていない。父がどうしているかも知らない。知りたいとも思わない。「恨み続けるのもきついんです。だから今は何も思わない」

   ◇   ◇

 《「親から別れた理由を教えてもらえないことに不満を抱いている子は少なくありません」。ひとり親の子を支える民間団体「アンファンパレット」(東京)で代表を務める新川明日菜さん(24)の実感だ。

 親の離婚を経験したスタッフが、家庭訪問して勉強を教えたり、面会交流を支援したりする事業に取り組む。そうした活動を通して「納得できない思いをいつまでも引きずってしまう」「聞いてはいけない雰囲気があり、親に気を使ってきた」といった子どもの声をよく耳にするという》

 居間のテーブルを家族4人が囲む。桜さん(40)=仮名=と夫、中高生の2人の子。昨年12月、クリスマスが近づいていた。

 はじめに口を開いたのは夫だった。「好きな人ができて一緒になりたいと思っている」。沈黙。桜さんが「離婚したいということですか」と問うと「はい」。

 結婚して18年、当初から違和感はあった。日常会話で受け答えが気に入らないと怒鳴り、物を投げる夫。ここ数年は女性の影もちらついていた。

 子どもの同席は桜さんが提案した。「家族の問題だから、家族で話し合うべきだと思ったから」。その場で子どもに「どう思う?」と尋ねると「お母さんが苦労してきたんだから、別れた方がいい」と言った。

   ◇   ◇

 《アンファンパレットの新川さんは「説明がないと同じ家族なのに疎外された気持ちになり、その思いをずっと抱え込んでしまうんです」と話す。一方で、子の年齢や家庭環境によっては説明を後回しにした方がいいケースもあるという。

 自身の親は3回離婚し、その都度、説明を受けた。ただし、理由の中身はどうでも良かったのかもしれない、とも思う。「うそをついたりせず、子どもと向き合ってほしいということなんだと思うんです」》

   ◇   ◇


桜さんの手帳には、子どもが書いた「お母さん、大好き」のメッセージがある
 桜さんも高校1年からひとり親家庭で育った。母は説明してくれなかった。桜さんも聞かなかった。「母が幸せそうだったから」

 実際には、高校の制服を人から譲り受けるほど家計は苦しかった。でも母は生き生きと働いていた。そして娘をいつも見ていてくれた。自分も幸せを感じていた。「制服を買ってあげられなくて、ごめんね」。最近になって聞いた母の言葉が、胸に染みる。

 家族会議から3カ月が過ぎた。今のところ、子どもの顔からほほ笑みは消えていないように感じる。だが、答えはまだ出ていない。「私が幸せになることで選択が間違っていなかったことを示してかなければ」。もちろん、子どもと向き合いながら。

=2012/04/06付 西日本新聞朝刊=


離婚しても子どもを幸せにする方法 [単行本] / イリサ・P. ベイネイデック, キャサリン・F. ブラウン (著); Elissa P. Benedek, Catherine F. Brown (原著); 高田 裕子 (翻訳); 日本評論社 (刊)

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2012年08月02日

■西日本新聞【ほほ笑み返して…子どもから見た離婚】<2>困窮を乗り越えて

 ■新訳男女 シリーズ第16部■  

 新郎の両親を前に、香さん(25)=仮名=の母は涙を流した。昨年夏、家族同士の顔合わせの席。「自分一人で育てたので行き届いてないかもしれません」と母。「お嬢さんを見たら、お母さんが頑張ってこられたのが分かりますよ」と新郎の両親。香さんも涙が止まらなかった。

 5歳で両親が離婚して以来、母の苦労を目の当たりにしてきた。原因は父の借金だったため、妹と3人の母子家庭は自力で食べていかなければならなかった。

 母は、昼は工場、夕食後は仕出しの仕事に出る。帰りは朝方。わずかな睡眠時間に、香さんは母の口元に手をかざすのが日課となった。息をしているかな。そんな心配をしなければならないほど働き通しだった。

 しかし母は一度も愚痴をこぼさなかった。自分の物など一切買わない母の背中を見て「面倒はかけられない」と自然に思えた。奨学金で学び、今、福岡市で保育士として働いている。

 「お母さんがいたから生きてこられた。つらい思いはしたことないんです」。でも、母は苦しかったに違いない。結婚したこれからは、親孝行したいと思う。

 《厚生労働省の2010年度調査によると、母子世帯の95・1%が平均所得金額以下。「苦しい」と答えた母子世帯の割合は85・6%だった。子どもが小さいとフルタイムで働きにくく、保育所不足もある。父子家庭も含め、困窮するひとり親は少なくない》

 職場を転々とする元父。1人で暮らすのもままならないらしい。長男である宏さん(18)の母は養育費を請求したものの、支払われる見込みはなかった。離婚するまで主婦だったが、乳飲み子の宏さんを抱えて働き始めた。豆腐店、ガソリンスタンド、介護。慣れない仕事を朝から晩まで。

 そんな母に物心がついてから一度もわがままを言ったことがなかったという。それが高校2年になり、卒業後の進路を相談したとき、初めて希望を口にした。

 関東にある専門学校に行きたい−。母が留守の間に熱中してきた魚釣り。それを仕事につなげられる学校があると聞いた。「あんたがしたかなら、行ってよかよ」。快諾してくれた。

 うれしかった。だが、すぐに疲れ果てた母の姿が目に浮かんだ。「これ以上働かせたら冗談抜きで死んでしまう。俺が諦めればいい話」。やはり就職しよう。そう決めた。

 《母子家庭を対象にした同省の10年度調査では、元夫と養育費の取り決めをしているのは38・8%、現在も受け取っている人は19%だった。受け取らない理由は「相手に支払う意思や能力がないと思った」が47%で最多。冒頭の香さんも養育費は受け取っていない》

 「だからといって不払いは許されない。養育費は子どもの権利、親の義務なのだから」。離婚問題に詳しい福岡市の弁護士、岩城和代さんは厳しく指摘する。不払いの場合、家庭裁判所に申し立て、最終的には強制執行によって給与を差し押さえる方法もある。

 一方、香さんや宏さんの場合は違うが、面会交流をさせなければいけないと考え、養育費を請求しない人も多いという。岩城さんは「養育費と面会は別問題。全ては子どものためです」ときっぱり。また、ひとり親の頑張りだけでは限界があり「就労環境を改善し、児童扶養手当など国の支援制度をもっと活用しやすくする必要がある」と話す。

 出発を告げるベルが鳴り響く。宏さんは3月末、JR博多駅にいた。就職先の関西に向け、新幹線が発車する。見送りに来た母は今にも泣きだしそうだった。

 「寝過ごさんようにね。気を付けてね」。母の言葉を胸にしまい、宏さんは小さく「行ってきます」と言った。


=2012/04/05付 西日本新聞朝刊=


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2012年08月01日

■西日本新聞【ほほ笑み返して…子どもから見た離婚】<1>離れても親なのに


離れても親と子のつながりは変わらないはずなのに

 ■新訳男女 シリーズ第16部■  

 今も鮮明に覚えている。10年前のあの日。母が荷物を手にして玄関を出ていく瞬間を。「行かんでっ」。当時小学2年だった翔太さん(18)=仮名=は泣き叫んだ。だが、母は振り向かなかった。二度と福岡の自宅には戻らなかった。

 父は離婚の理由を「金遣いが荒かったから」など、母の非として説明した。そういえば、お年玉をためていた自分の通帳がなくなっていた。父の言い分は本当なのか。さらに父は家族写真を全て焼却した。母の思い出は灰となった。残ったのは「お母さんは悪い人」という疑念だけだった。

 周りと違うひとり親。家族の大切さを考える道徳の授業があると、自分の家庭が嫌でたまらなかった。毎年の運動会では、両親そろって応援に来るクラスメートがうらやましかった。

 「どうせ自分なんか」。いつからか、そう思うのが「心の癖」になった。友達の話が全部うそに聞こえる。誰も信じられない。人と対立したくない。中学、高校…。気が付くと、いつも「冷めた自分」がいた。

 「片親疎外」−。ひとり親家庭の調査に取り組む大正大学人間学部教授の青木聡さん(臨床心理学)は、翔太さんの置かれた状況をそう説明する。例えば、同居する親が、別居した片方の親を中傷するなどマイナスのイメージを吹き込み、正当な理由なく会えなくさせる−といった状況だ。

 青木さんによると、最近は少子化で一人っ子が増えたこともあり、親権争いが激化。連れ去りも後を絶たず、こうした環境下では「自己肯定感の低下や社交性が乏しいといった親和不全、抑うつなどの症状が表れるケースも見られる」という。

 翔太さんは2年前、母方の親族の計らいで8年ぶりに母と再会できた。そのとき聞いた離婚の理由は、父の説明と食い違っていた。母は「お父さんの暴力も原因」と話していた。

 どちらが本当なのか…。母の悪人像は薄れたものの、心に空いた8年分の穴を埋めることができないでいる。「俺には本当のお母さんっていないんです」。今も母と会っているが、父には内緒にしている。

 「お父さんに電話をさせてっ」。福岡県内の会社に勤める貴さん(29)=仮名=が母親に泣きじゃくりながら訴えたのは、5歳のときだった。海に行ったり、公園で遊んでくれたり。1年ほど前に家を出た父親は優しくて、大好きだった。以後、月1回の面会交渉が設定された。

 母は別れてすぐに再婚していた。新しい父親は気が荒く、なじめなかった。だからなのか、何かにつけて殴られ、蹴られた。でも、誰にも言わなかった。友人にも先生にも、そして実の父親にも。「心配をかけたくなかったから。絶対に」

 暴力は小学校高学年になると収まったが、妹が生まれた家庭に居場所はなかった。高校を卒業してすぐ家を出て、実の父親と暮らし始めた。就職し、24歳で結婚。今3歳になる娘がいるが「自分が受けたように、いつか暴力を振るうんじゃないか」と悩み、円形脱毛症にもなった。

 どちらの親と一緒に暮らせば幸せなのか。「子どもの立場、子どもの福祉を最優先にして考えられなければならない」と青木さんは指摘する。貴さんは今、振り返って思う。「離婚が避けられなかったのは仕方ない。でも、もっと自分の声を聞いてほしかった」

   ×    ×

 年間25万組が離婚している。そこでは、子どもの心を置き去りにした親権争いが繰り広げられることも少なくない。両親の別れに傷ついた子どもに、ほほ笑みを返してあげるには…。子どもの立場から見た「別れ方」を考えてみたい。


=2012/04/04付 西日本新聞朝刊=


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